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光明寺について | 日宮山安楽院・光明寺(群馬県高崎市)| 永代供養・ご供養・ご祈祷・納骨堂・お墓の費用など、お気軽にご相談ください。

光明寺成り立ち

光明寺成り立ち

室町年間、至徳2年(1385年)第三代将軍足利義満の時代に清海行者が出羽三山の湯殿山と月山2ヶ所の 権現 ごんげん (衆生を救うために現れた仏)を当地に 勧請 かんじょう し、お堂を建立して「 安楽院遍照坊 あんらくいんへんじょうぼう 」と号したのが始まりと伝わっています。
その後、慶長年間(1604年頃)に時の高崎城主酒井家次の息子 宮内大輔 くないだいふ 善次忠勝の病を住職恵賢法印が宇賀白蛇の秘法により37日間で治癒させました。家次は大いに喜んで2700坪の土地を贈り、本尊 日天子 にってんし · 月天子 がってんし を安置した 宮殿 くうでん を新たに建立し、山号を日宮、寺号を光明と名付けました。
弘法大師高崎霊場第6番とされています。
「大染寺の東にあって寺領11石の御朱印あり」と当時の古文書に記されています。
宗派は高野山真言宗です。

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その後

その後

しかし安栄3年(1774年)3月2日に大半が焼失、寺は荒れ果ててしまいました。時は巡って安政2年(1855年)の大地震で江戸各地では家屋敷の倒壊や焼失が相次ぎ甚大な被害が生じました。
下谷坂本町の 商人市野谷 あきんどいちのや 善次郎は家業が衰退し困り果てていた時、ある老人に地蔵尊に祈願するようにいわれました。それから間もなくある夜に「東方に日輪が輝き 光明が差し込み 御堂あり 上州高崎光明寺という」とのお告げを夢枕に聞きました。善次郎はすぐさま当地を訪ね、荒れ果てていた地蔵堂を再建しました。すると商売繁盛、一族はその後無病息災の日々をおくることができたそうです。
この様子は善次郎本人が明治4年に当山に寄贈し、今も本堂に展示されている絵図に描かれています。さらに明治末期の高崎唱歌第4番に「若松町に光明寺 夢に名を得し愛染堂」と歌われています。なお善次郎の末裔は現在でも東京に健在です。

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御本尊

御本尊

本堂に安置されている2人の童子を伴った不動明王の 立像 りゅうぞう が御本尊です。
不動明王は大日如来の化身として直接衆生を救う姿とされています。左の脇侍は地蔵尊、右はお大師さま、弘法大師空海の坐像がお祀りしてあります。
不動明王は本来シヴァ神の多くの呼称のひとつですが、仏教に入って大日如来の化身として直接衆生を救う姿とされています。

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左・不動明王 右・弘法大師像

この地蔵木像は更生高崎旧事記によると、元禄9年(1696年)5月10日近在の子供が境内の林の中から偶然掘り出したもので、弘法大師作と称されています。

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地蔵尊

本堂

本堂

現在の本堂は昭和7年(1932年)に建立、平成23年(2011年)3月の東日本大震災で内部や屋根がかなりの被害に遭いましたが、令和元年(2019年)夏の大屋根大修理をもって一連の修復を終えました。

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愛染堂

愛染堂

本堂左手の小高い丘(古墳)に建つお堂は護摩堂で愛染明王が安置されており、通称愛染堂といいます。
愛染明王とは本来はヒンドゥー教の愛欲の神カーマデーヴァで、ギリシャ神話のエロスやローマ神話のクピード(英語のキューピッド)に相当します。人間の貪欲愛欲の心を転じて浄菩提心を成すとされています。ただし当山の愛染明王は絶対秘仏で御開帳しておりませんので仏画をご覧ください。
脇侍仏は左が阿弥陀如来、右が十一面観音です。
尚、愛染堂は昭和4年(1929年)に再建立後、平成7年(1995年)に再々建立されました。

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愛染明王の仏画

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阿弥陀如来

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十一面観音

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愛染堂正面

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愛染堂内部

金剛界大日如来

金剛界大日如来

愛染堂の前に建つ金剛界大日如来は第二次世界大戦時の昭和18年(1943年)制定の金属類回収令によりに供出した青銅製の仏像(年代不詳)を昭和60年(1985年)に往時の写真を元に再建立したものです。
大日如来= 摩訶毘盧遮那仏 まかびるしゃなぶつ 曼荼羅 まんだら (全宇宙)の中心および全体を意味する仏で真言密教における最高の覚り、真理そのものとされています。

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修行大師尊像

修行大師尊像

平成14年(2002年)8月のお盆に建立されました。

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興亜観音

興亜観音

愛染堂内陣に安置されている興亜観音は、日中戦争の南京攻略戦の司令官松井 石根 いわね 陸軍大将が日中両軍の戦死者の供養のためにつくらせたという常滑焼の観音像で、全部で33体あるといわれています。
熱海伊豆山にある興亜観音もそのひとつです。

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庫裏

庫裏 くり

現在の庫裏は平成19年(2007年)に完成、内部には客殿や応接室兼会議室があります。

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客殿内部

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応接室兼会議室

浄水舎

浄水舎

本堂正面右前にある浄水舎、いわゆる水屋です。庫裏とほぼ同時期の平成19年(2007年)春彼岸に建立されました。

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宝篋印塔

宝篋印塔 ほうきょういんとう

愛染堂前の右にそびえるのは宝篋印塔と呼ばれる仏塔で、元来は宝筐院 陀羅尼 だらに と呼ばれる呪文を納めるためのものです。享保5年(1720年)石工信州 伊那郡高遠 いなごおりたかとお 領藤澤村住伊藤甚四郎と刻まれています。

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墓地

墓地

墓地入り口には六地蔵と平和観音の石仏が建っています。
六地蔵は昭和36年(1961年)に建立、平和観音は愛染堂に安置されている興亜観音を元に中国で制作され、平成17年(2005年)に建立されました。

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墓地入口の六地蔵

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墓地入口の平和観音

当山の墓地には歴史上の人物にまつわるお墓がいくつか点在します。
明治・大正期のキリスト教伝道者であり思想家の内村鑑三が建てた「内村家五代の墓」が最も有名です。大正3年(1914年)6月8日、初代の214回忌にあわせて建立されました。鑑三自身の墓は東京の多磨墓地にあります。

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内村家五代の墓

江戸後期(嘉永・安政年間)の刀匠長谷部 義重 よししげ の墓も知られています。
義重は武州に生まれ、江戸の細川正義の弟子を経て高崎藩のお抱え刀鍛冶になりました。近くの愛宕神社に嘉永6年(1853年)に奉納された大太刀は市指定重要文化財になっています。義重は安政6年(1859年)35歳の若さで急死しました。
義重の大太刀(高崎市公式HPに移動します)▷

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左・長谷部義重の墓 右・長谷部家先祖代々の墓

幕末の下仁田戦争で戦士した高崎藩士の墓もあります。
下仁田戦争とは元治元年(1864年)4月水戸藩の尊王攘夷派が起こした天狗党の乱の後、元家老武田耕雲斎を首領とする一派約900名が上洛の途中、高崎藩を中心にした幕府軍約200名と同年11月16日未明に現在の下仁田町付近で交戦し、幕軍が敗れた戦いです。
深井 景命 かげのぶ の末弟、深井英五は新島襄に見出され同志社に進み、昭和10年(1935年)に第13代日銀総裁に就任しました。

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高崎藩士深井助太郎 景命 かげのぶ の墓

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下仁田戦士吉田友七郎 道寧 みちやす の墓

集合墓「愛染」

集合墓「愛染」

お墓のない方のための集合型のお墓です。
過去の宗旨は問いません。納骨後は毎年春秋のお彼岸、8月のお盆に墓前にて当寺が供養いたします。
ご要望に応じて年回忌法要(法事)を本堂で行なうこともできます。
使用料はおひとり35万円です。その後の墓地管理料や付け届け等は必要ありません。

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一般墓地

一般墓地

従来型のお墓の空き区画も随時募集中です。
使用料は1㎡50万円です。詳細はお問い合わせください。

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光明寺歴代供養塔

光明寺歴代供養塔

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23世智明和尚と24世宥範和尚の供養塔

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当山歴代住職供養塔(江戸期以降)

惺々暁文の作品

惺々暁文 せいせいぎょうぶん の作品

明治から大正にかけて活躍した郷土絵師。
安政6年(1859年)群馬郡岩鼻村(現高崎市)に生まれ、何人かの師匠についた後、当時東京で隆盛を誇っていた画人 河鍋暁斎 かわなべきょうさい (惺々狂斎のちに暁斎と改名)の弟子となりました。画風は師匠に良く似ています。いわゆる旅絵師で新潟、長野、群馬、埼玉などを転々とし各地で個展を開きました。光明寺第23世智明和尚と親交が深く、他の画家仲間数人 と当山に長逗留することが多かったそうです。
昭和9年(1934年)76歳で没。

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左・達磨大師 右・魚籃観音

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左・衝立(表)=雀 右・衝立(裏)=美人画